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初めてルンビニーへ行ったのは21歳の時と記憶しているので、1982~3年だったと思う。

そのころのルンビニーは、なーーーーんにもない所だった。
最後に行ったのは1990年代半ばで、ガールフレンドと一緒に行ったのだが、やはり、なーーーーんにもない所だった。

昨今は、丹下健三氏による公園整備計画があって、新しい建造物なども立っているようだが、遅々として進んでいないらしい。

ルンビニーは、なーーーーんにもないところがいいので、公園整備計画などは頓挫して欲しいところである。

インドでは、仏跡はうちすてられたようなところがあって、かの有名なブッダガヤ(ブッダが悟った場所。仏教徒最大の聖地。かの麻原彰晃氏が、無理やりブッダの悟った場所「金剛座」に座って、引きずり降ろされたらしい、、)にしても「村」にすぎないし、ヒンドゥーの国インドでは、仏陀は、ヴィシュヌ神の化身、としてしか認識されていないようである。
それに仏跡は、ローカル線を乗り継いで行かなければならないようなところも多く、巡るためにはある程度根性が必要である。

ルンビニーもその例に漏れず(今は知らないが、、)、初めて行った時は、交通手段は、払い下げのボロボロワゴン車を改造した「ミニバス」しかなく、起点のバイラワから、たかだか10キロ程度の距離を一時間かかってたどり着く悠長さ。その上、このバス、座席数が少なく、いつも満員のため立たなければならないのだが、ワゴン車を改造しているため天井までが140~150センチくらいしかなく、普通の大人は体を折り曲げたまま、到着まで耐えるという荒業を強いられるのである。
インド、ネパールでは、バスに乗って、数々の苦難、苦痛に遭遇したが、このミニバスの苦しさは、苦難度上位に属するものだと思う。(今の自分では耐えられないと思うw)→インド、アフリカは若いうちに旅しましょう(余談)



で着いてバスを降りると、埃っぽい道路と、ひなびた茶屋が一件あるばかり。
訪れる人もほとんどいず、広大な敷地の園内に入っても、巨大な菩提樹と池、いくつかの寺院がある他はガラーンとしている。
ただ、ヴァイブレーションがすごく平和で、穏やかで、なんにもない中に、ぽつねんと座っていると、すごく気持ち良い。(こういう場所こそ、「本当の聖地」なんだと思う)
この、なーーーんにもない、というところがすごくいいんです。

静かな山の頂上にまでカラオケ場を作ってしまう、「とにかく何かせずにいられないマインド」に毒されたこの世界で(兵庫県神戸市の◯磨山上公園とか)、なんにもない、というのは貴重なのである。
静かに昼寝やひなたぼっこができたり、ひたすらボーっとしても咎められない場所。
おまけに、(聖地なので)瞑想もできます。(結跏趺坐で座っていても誰にも好奇の目で見られませんw)

しばらく佇んでいると、思わず仏陀こと、ゴータマ・シッダルタが実際に生きていたその時代に、タイムスリップしてしまう。

園内の庵には、供えものと、手あか(?)で黒光りするレリーフが。
これはかの有名な「天上天下唯我独尊」を唱えているところで、生まれてすぐ、天を指さしながら、そう唱えたらしい(汗笑)



そういえば、このルンビニー、自分にとって不思議な体験が一つある。
ネパールのポカラに長逗留していた時、旅で知り合った日本人数人と、ルンビニーで行われる「花祭り」(4月の仏陀の生誕祭)の大祭に行こう、ということになった。
早朝のバスに乗り(ポカラ→ルンビニーは6-8時間くらい)、ルンビニーに向かっていると、バスに乗る前まではなんにもなかったにもかかわらず、突然、熱が出てきた。
最初は、まあ大丈夫だろうとたかをくくっていたが、熱はどんどん上がり、交通の起点バイラワに着く頃には、意識が朦朧となって動けなくなってしまった。
不思議だったのは、風邪とかではなく、純粋に(というのも変な言い方だが)熱だけがグングン上がっていったことだ。
他の仲間はルンビニーで一泊する予定だったので(今となっては理由は忘れてしまったのだが、夜通し祭りに参加する予定だったのかも)、自分はバイラワで一泊して静養することにした。
で、ベッドに横になっていたのだが、あの時の熱は、現在までの生涯で一番の高熱だったと思う。
体温計を持っていなかったので正確なところは分からないが、たぶん40度など軽く超えて、アブナイところまで行っていたと思う。
熱で幻覚を見たり、幻聴を聴いたり、インドで病気慣れしている自分でも、「脳は熱で機能がやられてしまう」という話を思い出して、真剣に心配した。
ところが、祭りが終わり仲間が帰ってくる頃には(静養している宿で、彼らと待ち合わせしていた)、熱も下がり、自分の記憶ではみんなでポカラまで一緒に帰ることができた。

何かの理由で花祭りに行くのを止められたのか、ちょうど、あのタイミングで熱が出る必要があったのか、答えを知る由もないが、自分としては、本当になんか不思議な感じだった。

ところで、このゴータマ・シッダルタ、近年まで、実在が疑われていたらしい。
実在の証明となったきっかけは、ルンビニーで、1868年にドイツ人の考古学者フューラーによって発見された、「アショカ王の石柱」にあるらしい。



そこには「神々に愛でられしアショカ王が即位20年の年にこの地を訪れ石柱を立てた旨と、釈尊の生誕地であるこの村は免税され8分の1のみの納税で許される旨」が古代文字で書かれており、アショカ王の生没情報から逆算してゴータマ・シッダルタの実在を確定したということなのだが、その生没年には諸説あり、代表的なものでは、

・紀元前624年 - 紀元前544年 : 南伝(上座部仏教)説
・紀元前566年 - 紀元前486年 : 北伝「衆聖点記」説
・紀元前466年 - 紀元前386年 : 宇井説

などの説があるらしい。

ちなみに彼が生まれたのは、インド大陸の北方にあった十六大国時代の一つコーサラ国の部族・小国シャーキャ(ここから釈迦という表現がきているらしい)で、当時の地図はこんな感じで、ちょうど、現在のインド、ネパール国境あたりだということがわかる。



まぁ、いつまでも、自分の知っている、あのルンビニーであってほしいもんだ、、、。

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プロフィール
・名前 Bodhi Taru
・生年月日 1961/11/15
・種別 地球人、人間種、男性


* Topics of life

・1973年 ギターに出会う。
・1979年 嶋本昭三さんに出会う。モダン・アート三昧。
・1982年 インドに出会う。放浪開始。
・1986年 ネパールでoshoラジニーシに出会う。
・1989年~1991年 オランダ、アムステルダム市在住。Reggae三昧
・1992年 インドのラクノウでプンジャジに出会う。
・1994年 ジャマイカのキングストンでアール・チナ・スミスと出会う。
・1998年 レイキ・マスターとなる。
・2002年 インドのホワイトフィールドでサイババに出会う。
・2010年 ディクシャ・ギバーとなる。

いろんな物や人、場所に出会って感謝
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