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【質問】

バランスの取れた生活のコツについて話してください。
私は極端な体験をすることが多く、
少しの間も中道に留まることがないのです。

【osho】

生は極端の集まりで構成されている。
生とは両極端の緊張だ。
真ん中に永遠に留まるということは、死を意味する。
中道とは理論的な可能性に過ぎない。
時には真ん中にあることもあるが、それは単に通過点としてだ。
中道にあることは静的な状態ではない。
それは動的な現象だ。
だから左から右、右から左へと動き続ければいい。
それこそが真ん中に留まる唯一の方法だ。

極端を避けないこと、
そしてひとつの極端を選び取るのもやめることだ。
両方の極に開いていなさい・・
それがコツ、バランスを取る秘訣だ。

ある時はすっかり幸福になって、またある時は徹底的に悲しみなさい・・
どちらにも、それなりの美がある。

無選択でいなさい。
そして何が起ころうと、どこにいようと、右か左か、
真ん中にいようがいまいが、その瞬間の全なるままを味わいなさい。

幸せな間は踊り、歌い、楽器を奏で、幸福でありなさい!
そして悲しみがやってくる時は・・悲しみは必ずやってくる。
避けることはできない。
もし避けようとするなら、幸福になる可能性そのものを破壊するしかない。
昼は夜なくしては存在できないし、冬なくして夏はない。
そして死なくして生はない。
この両極性をあなたの存在に深く浸透させなさい・・
それは避けようがないのだから。

唯一の方法はどんどん死に近づいていくことだ。
死人のみが恒久的な中心に留まれる。

活き活きとした人は絶えず動いている・・・
怒りから慈悲へ、慈悲から怒りへ。
そういう人はその両方を受け入れるし、どちらにも同一化しない。
超然としていて、しかも深く関係している。
彼は水中の蓮の花のように在る・・
水の中にいてもなお、水がそれに触れることはない。

真ん中に留まろう、ずっとそこにいよう・・
そうした努力それ自体が、あなたにとって不必要な心労を造り出している。
永遠に中道に留まろうとする欲望こそ、最低の種類の極端だ。
なぜならそれは不可能だからだ。

古時計のことを考えてみなさい。

もし振り子をちょうど真ん中で押さえたら、時計は止まってしまうだろう。
時計が進むのは、振り子が左から右へ、
右から左へと動き続けるからに他ならない。
振り子が真ん中を通るたび、ほんの一瞬だが、中庸の瞬間がある。

美しいじゃないか!あなたが幸せから悲しみへ移るとき、
ピッタリ真ん中に、全き静寂の瞬間がある。
それも味わいなさい。
そのすべての局面において生を生きることだ。
そうしてはじめて、生は豊かになる。

そもそも、どうして真ん中に居たいなんて思うのだろう?
私たちは生の暗黒面に怯えている。
私たちは悲しみたくないし、苦悩したくない。

しかしそれは不可能な話だ・・
そうしたら歓喜の可能性もなくなってしまう。

何世紀にも渡って、それが僧侶のやり方だった。
ただ苦悩を避けるために、すべての薔薇を滅ぼす用意がある。

しかしそれでは、その生は平坦だ。冗長で退屈だ。
生気がなく澱んでいる。本当には生きていない。
生きることを恐れている。

生は両方だ。それはひどい苦痛と大きな喜びをもたらす。
それは同じコインの二つの面だ。
一方を手放すなら、もう一方も手放さなければならない。

たとえば、苦痛を手放して喜びをたくわえることができる、
負を避けて正だけを得ることができるなど、途方もない誤解だ。
そんなことは物事の本性からして不可能だ。

正と負は避けようもなく一緒、分かつことのできない一体だ。
同じエネルギーの二つの様相なのだ。
私を理解する人たちはその二つを両方受け入れなければならない。
私はあなた方に、全く新しい洞察を与えている。
すべてであれ!

だからあなたが左側にいるとき、何ひとつ逸してはならない・・
味わうがいい。
左にいることにはそれ自体の美しさがある。
右側にいるときには、それは見つからない。
場面も違っている。
そしてもちろん、真ん中に在ることにはそれ自体の静寂、
平和があり、どんな極端の中にもそれは見つからない。

だから、とにかくすべてを楽しみなさい。
あなたの生をどんどん豊かにし、何ものにも執着しないことだ。

可能な限り、すべてのやり方で生を生きなさい。
対立する一方を選ばないこと。
そして真ん中にいようと努力しないこと。

私はあなたに中道を教えない。
私は全道を教える。

そうしたらバランスはひとりでにやってくる。
そのときそのバランスには、途方もない美と優雅さがある・・
あなたは無理にバランスを取ろうとはしなかったが、
バランスはやってきた。

優雅に左へ、右へ、真ん中へと動いていくことで、
ゆっくりと、バランスは、あなたのもとへやってくる。
同一化しないままでいるからだ。

悲しみがやってくると、あなたはそれが過ぎ去ると知っている。

そして幸せがやってくると、あなたはそれもまた過ぎ去ると知っている。

留まるものはない。すべては過ぎゆく。

たったひとつ、いつでも残るのはあなたの目撃だ。
この「見ている事」がバランスをもたらす。
その目撃こそがバランスだ。

oshoワールド

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プロフィール
・名前 Bodhi Taru
・生年月日 1961/11/15
・種別 地球人、人間種、男性


* Topics of life

・1973年 ギターに出会う。
・1979年 嶋本昭三さんに出会う。モダン・アート三昧。
・1982年 インドに出会う。放浪開始。
・1986年 ネパールでoshoラジニーシに出会う。
・1989年~1991年 オランダ、アムステルダム市在住。Reggae三昧
・1992年 インドのラクノウでプンジャジに出会う。
・1994年 ジャマイカのキングストンでアール・チナ・スミスと出会う。
・1998年 レイキ・マスターとなる。
・2002年 インドのホワイトフィールドでサイババに出会う。
・2010年 ディクシャ・ギバーとなる。

いろんな物や人、場所に出会って感謝
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