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私はあなたに踊ることを、歌うことを、遊ぶことを教える。

生は、一瞬一瞬が貴重な創造性であるべきだ。

なにを創造するかは問題ではない――

それは海辺の砂の城であってもいい――

だがあなたがなにをするにせよ、

それはあなたの遊び心と喜びから出てくるべきだ。


あなたの中の子どもをけっして死なせるべきではない。

その子に栄養を与え、

そしてその子が統制から飛び出すことを恐れてはいけない。

その子がどこに行けると言うのかね? 

そしてたとえ、その子が飛び出したとして――だからどうだと言うのか? 
制御を飛び出したらあなたになにができるだろう? 

あなたは狂人のように踊ることができる。

狂人のように笑うことができる。

あなたは狂人のように飛び跳ね、走ることができる……

人はあなたが狂ったと思うだろうが、それは彼らの問題だ。

もしあなたがそれを楽しんでいるのなら、

もしあなたの生が、それによって栄養を得ているなら、

それが残りの全世界にとって問題になろうとかまわない。



遊び心を全面的に許しなさい。

それを統制から出してやりなさい――

そしていったん、あなたの子どもが

ほんとうに生き生きとしてあなたといっしょに踊りはじめたら、

それはあなたの生の香りそのものを変えることになる。

それはあなたにユーモアのセンスを、素晴らしい笑いを与える。

そしてあなたの頭でっかちを壊してくれる。

それは、あなたをハートの人間にするだろう。

頭のなかに住んでいる人間は、まったく生きてはいない。

ハートに生きる人間だけが、そして頭には理解できない歌を歌う者、

外側の状況とはどう見てもつり合わないダンスを踊る者……

自分の豊かさから、

自分があふれているからこそ踊る者だけが、生きているのだ。

あなたには歌い、そして叫びたいほどのエネルギーがある……


だったら、そうしなさい!


そうしたら、あなたはもっと生き生きする。

それはあなたに、生のなんたるかを味わう機会を与える。

深刻な人間は、死ぬ前から死んでいる。

死ぬずっと前に、彼はほとんど死体になっている。


生はあまりにも貴重な機会だ。

深刻さの中にそれを失うべきではない。

深刻さは、墓場用にとっておくといい。

深刻さは、墓場の中に倒れ込ませたらいい。

最後の審判の日を待たせて、深刻にさせておけばいい。

だが墓場に行く前に死体になることはない。


孔子のことを思い出した。

孔子の弟子のひとりが、無数の人びとが問うた典型的な質問をした。

「死んだ後で起こることについて、なにか言っていただけますか?」

孔子は、

「そういうことは死んで墓場に行ってからじっくり考えたらいい。

今はまず生きなさい!」と言った。

生きるべきときがあり、そして死ぬべきときがある。

それをごっちゃにしてはいけない。

さもなければ両方とも取り逃がす。


今はまず、全身全霊で強烈に生きなさい。

そして死ぬときが来たら、全身全霊で死ぬといい。



半身で死んではいけない。

片目だけ死んで、もう片目で辺りを見つづけていたり、

片手が死んで、もう片手で真理を探しつづけていたりしてはいけない。

死ぬときは全面的に死になさい……

そして死とはなにかをじっくり考えたらいい。

だが今はまず、ずっと先のことを考えて時間を潰すのはやめなさい。

この瞬間を生きるのだ。

子どもは強烈に、また全面的に生きることを知っている。

そして恐れることなく、統制から抜け出すことを――。


私のアシュラムの中ではいかなる禁止もなく、

あなたは自分自身であることを許されている。

私は世界中にこれが起こってほしい。

これはほんの始まりにすぎない。

ここで、一瞬一瞬を全身全霊で、強烈に、喜びに満ちて、

そして遊び心をもって生きることを、始めなさい――

そうすれば、なにひとつ羽目が外れたりはしないことが分かるだろう。

あなたの聡明さはより研ぎすまされ、あなたはより若くなり、

愛がより深まることが分かるはずだ。


そして世間に出たら、あなたがどこへ行こうと、

生を、遊び心を、喜びを、できるだけ遠くまで広げなさい――

この地球の隅から隅まで。


もし全世界が笑い、楽しみ、遊びはじめたら、大いなる革命が起こる。

戦争は、深刻な人びとがつくり出すものだ。

殺人は、深刻な人びとが犯すものだ。

自殺は、深刻な人びとがするものだ――

精神病院は、深刻な人びとでいっぱいになっている。

深刻さが人間にどれほどの害をなしたかを見てとったら、

あなたは自分の深刻さから飛び出すはずだ。

そしてあなたは、あなたの中で遊ぼうと、

歌って踊ろうと待ちかまえている、自分の子どもを許すだろう。


私の宗教のすべては、遊び心で成り立っている。

この存在は、私たちの故郷だ。

これらの樹々、そして星々は、私たちの兄弟であり、姉妹だ。

これらの海や川や山は、私たちの友人だ。

この途方もなく親しげな宇宙のなかで、

あなたたちは石仏のように坐っている――

私は、石仏になることは説かない。


私は、あなたたちに踊るブッダになってほしい。


Osho












セレブレーション ウィズosho

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プロフィール
・名前 Bodhi Taru
・生年月日 1961/11/15
・種別 地球人、人間種、男性


* Topics of life

・1973年 ギターに出会う。
・1979年 嶋本昭三さんに出会う。モダン・アート三昧。
・1982年 インドに出会う。放浪開始。
・1986年 ネパールでoshoラジニーシに出会う。
・1989年~1991年 オランダ、アムステルダム市在住。Reggae三昧
・1992年 インドのラクノウでプンジャジに出会う。
・1994年 ジャマイカのキングストンでアール・チナ・スミスと出会う。
・1998年 レイキ・マスターとなる。
・2002年 インドのホワイトフィールドでサイババに出会う。
・2010年 ディクシャ・ギバーとなる。

いろんな物や人、場所に出会って感謝
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