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質問

愛するOSHO。

インドであなたと共にいると、世界の他のどこで

あなたと共にいるよりもはるかに強い感じを持ちます。

講話であなたと共に坐っていると、

世界のまさに中心にいるような感じがします。

時にはホテルの部屋に坐って目を閉じているだけで、

あなたのハートの鼓動と私のそれが同じリズムで打っているのを感じます。

朝、散歩をしながら周囲の音に耳を傾けていると、

それは他の場所では味わえないような深みにまで達します。

ここでは瞑想が自然に、いかなる努力もなしに

起こっているように感じられます。

あなたのワークはインドでは異なっているのでしょうか?

それともここは自然のブッダフィールドのようなものなのでしょうか?






インドは単に地理的または歴史的な存在ではない。

それは単なる国家、地域、ある特定の一地方ではない。

それはそれ以上のものだ。

それはメタファであり、詩であり、

目には見えないがはっきりと触れることが出来るものだ。

それは他の国々にはないような、

ある一定のエネルギーフィールドとして脈動している。

ほとんど1万年の長きにわたって、

何千もの人々が意識の究極の爆発を経験して来た。


彼らの波動は未だに生きているし、

彼らの影響は今でもここの空気の中にある。

あなたにはただ一定の知覚力が、

この不思議な国を包み込んでいる目に見えないものを

受け容れることが出来る、ある一定の吸収力が必要なだけだ。

不思議なのはインドがたったひとつの探求の為に、

真理の探究の為にあらゆるものを放棄したことだ。


あなたもそれを知ったら驚くだろうが、インドでは偉大な哲学者達を、

プラトンやアリストテレスやトマス・アクィナス、カントや

ヘーゲルやブラッドリーやバートランド・ラッセルのような人達を

1人も生み出して来なかった。

インドは歴史上ただの1人も哲学者を生み出さなかったが、

しかも真理を探究して来た!

確かに先人達の探求は、

他の国々でなされて来た探求とは大いに違っていた。


他の国々では人々は真理について考えた。

インドでは人々は真理について考えなかった。

どうして真理について考えることが出来るだろう?

あなたはそれを知っているか、知らないか、そのどちらかだ。

考えることなんて出来ないし、哲学によって究明することは出来ない。

それは全く馬鹿げた、虚しい試みだ。

盲人が光について考えるようなものだ・・・


何を考えることが出来ようか?

彼は偉大な天才かもしれないし、偉大な論理学者かもしれない。

だがそれは助けにならない。

論理が必要な訳ではないし、才能が必要な訳でもない。

必要なのは見る為の眼だ。

光は見ることが出来るけれども、考えて分かるものではない。

真理は出会うことは出来るが、考えて分かるものではない。


だからインドには「哲学」に類似した言葉がない。

私達は真理の探究を「ダルシャン」と言うが、

ダルシャンとは出会うことだ。

哲学は考えることを意味するが、思考は輪を描いて回る。

それはぐるぐると輪を描くばかりで、

決して経験という地点にまで行き着かない。

インドは不思議なことに、その持てる全ての力を真理と出会って、

真理になる為の集中的な努力に捧げた世界中で唯一の国だ。


インドの歴史の中に偉大な科学者を見つけることは決して出来ない。

才能のある人々がいなかった訳ではないし、

天才達がいなかった訳ではない。

数学はインドに起こったが、この国は

アルバート・アインシュタインを生み出さなかった。

国中の人々が奇跡的にも、客観的な探求に全く興味を示さなかった。

他者を知ることはここでは目標ではなく、

自らの自己を知ることが目標だった。


1万年にわたって無数の人々が、

このたったひとつの努力を営々として続けて来た。

科学を、テクノロジーの発展を、富を、あらゆるものを犠牲にして。

貧しさを、困窮を、病気を、死を受け容れて。

しかしいかなる代償を払っても、決してその探求を棄てなかった・・・

それはある種の「ヌースフィア」を、ある種の

ヴァイブレーション(波動)の大海を、あなたの周りに創り出した。


少しでも瞑想的な心を持ってここに来たなら、

あなたはそれとの接触を持つだろう。

単なる旅行者としてここに来たなら、あなたはそれを見逃してしまう。

あなたは遺跡を、宮殿を、タージ・マハルを、カジュラホを、

ヒマラヤを見るが、インドを見ない。

あなたはインドと出会うことなく、それを通り越してしまう。

それは至るところにあるが、

あなたは敏感ではないし受容的ではなかった。

あなたは本当のインドでないものを、

その骸骨にすぎない、魂ではないものを見る為にここにやって来た。


あなたはその骸骨の写真を撮って、

その骸骨の写真をアルバムに貼って、自分はインドに行って来た、

インドのことはもう分かったのだと思う。

しかし、あなたは自分自身を騙しているにすぎない。

他にも精神的な部分がある。

カメラはそれを撮ることが出来ない。

あなたのこれまでの経験、あなたの教育は

それを捉(とら)えることが出来ない。

他のどんな国に行っても・・・ドイツやイタリヤやフランスや

イギリスや・・・あなたは何の問題もなくそこの人々と、

そこの土地と、その歴史と、その過去と出会うことが出来る。

だが少なくともインドに関しては、

あなたは同じようにすることが出来ない。

それを他の国々と同じカテゴリーに括(くく)ろうとした時には、

あなたはすでに大事な点を見逃してしまっている。

なぜならそれらの国々は、同じ霊的なオーラを持ってはいないからだ。


それらはゴータマ・ブッダやマハヴィーラ、

アディナータのような人々を生み出さなかった。

それらはカビールやファリードのような人々を生み出さなかった。

それらは科学者を生み出し、偉大な芸術家を生み出し、

画家達を生み出し、ありとあらゆる才能ある人々を生み出した。

だが神秘家はインドにしか生まれなかった。

少なくとも今日まではそうだった。


そして神秘家は全く異なった類(たぐい)の人間だ。

彼は単なる天才ではないし、単なる偉大な画家や偉大な詩人ではない。

彼は聖なるものの乗り物であり、聖なるものへの誘い、招待状だ。

彼は聖なるものが入って来ることが出来る扉を開け放つ。

そして何千年にもわたって、

無数の人々が聖なるものへの扉を開け放って、

それがこの国の大気を満たして来た。、、、、、、


osho









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プロフィール
・名前 Bodhi Taru
・生年月日 1961/11/15
・種別 地球人、人間種、男性


* Topics of life

・1973年 ギターに出会う。
・1979年 嶋本昭三さんに出会う。モダン・アート三昧。
・1982年 インドに出会う。放浪開始。
・1986年 ネパールでoshoラジニーシに出会う。
・1989年~1991年 オランダ、アムステルダム市在住。Reggae三昧
・1992年 インドのラクノウでプンジャジに出会う。
・1994年 ジャマイカのキングストンでアール・チナ・スミスと出会う。
・1998年 レイキ・マスターとなる。
・2002年 インドのホワイトフィールドでサイババに出会う。
・2010年 ディクシャ・ギバーとなる。

いろんな物や人、場所に出会って感謝
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